先にネットサーフィンしていて目にとまったことが・・・
恐らくは”旅” “ネット” “奄美” などのキーワードを絡めた検索結果を辿ってのサーフィンだったのでしょう
BSジャパンの番組で
「又吉 直樹さんが母親の故郷、加計呂麻島へ・・」なるニュアンスで・・
奄美群島の加計呂麻島
奄美諸島最大の島、奄美大島の南西部に位置する瀬戸内町ながら
湾を挟んで向かう形の加計呂麻島が又吉さんの、お母さんの故郷とか
因みに、一般的に奄美群島と言えば・・・
奄美大島・徳之島・沖永良部島・与論島と鹿児島市or神戸市との定期航路の線上から横に位置する喜界島が・・
結構、大きな?島ながら含められない場合も・・・
それは奄美大島の南西の町”瀬戸内町“の一地域で奄美大島の地域に近接した対岸の島だから・・一体的に捉えられているせいでしょう
お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹が芥川賞受賞!
お笑い番組を見て楽しむ機会なんて殆ど無いものですから本人像も全く分からなかったのですが、特異な才能の取り合わせに拍手したかった気はしてました
最近になって母親の故郷が奄美群島の加計呂麻島であること、生まれが大阪府寝屋川市とか・・・今になって親近感も・・
その加計呂麻島については懐かしき思い出があります
小生は中学校3学年で小さな中学校を3校も転校した生活でした
その2番目が鹿児島県大島郡瀬戸内町の小さな中学校
そこでは僅か1学期だけの短いもの、何度か山越えで町内一の町「古仁屋」に出かけていたもの
鹿児島港~名瀬港~古仁屋港~亀徳港~和泊港~与論港
定期航路の船内売店で一斤の食パンを半切りで買い山越えで帰ったことも何度かあった
名残惜しくドラの音が響くまで船内にいたり・・
いよいよ出航となると幾本もの色とりどりの紙テープが張られていた
懐かしいねぇ~
下り便だと次の寄港地は生れ故郷、徳之島の亀徳港・・
徳之島~奄美大島 間は何度か往復した
大概は夏休み等の学校の休み、お盆・正月など大勢の帰省客で・・ゆっくりと横たわるのも難しい状況も・・
古仁屋港の他に古仁屋の町のハズレに小さな桟橋の港が有った
直接、加計呂麻島へ渡ったことは無かったものの、そこが加計呂麻島や湾内の集落へのポンポン船の乗り場でした
なかなか馴染めない転校先での生活で気晴らしも有ったのだろう
ソコで時間を費やすことも何度か有りました
事情も有り、親元を離れて中学の後半を徳之島で祖母と二人で・・
前にアップしましたが、鹿児島市・熊本市・阿蘇山への中学校の修学旅行の準備は一人で頼りないものだった
正月休みで徳之島から奄美大島の親元に帰省?していた際の事
何か所も仕送り先が控えていて通常は特別な付き合いは控えていた親が、さすがに御歳暮だけはとの考えだったのでは?
先程の瀬戸内湾内 各集落方面への船着き場前に数点の売店が有った。 ポンポン船の利用客への小売りが中心の店だった?
その一つの店の方が徳之島出身で父親の知り合いだったみたい。
その店でまとめて御歳暮の品を買ったみたい。
何故に、そうなったのか理由はハッキリとは聞いてないが山越えで帰宅
もう時間は相当経っている!
父と母が言い争っている、父親は物凄いケンマクで・・
折角まとめて買ったお歳暮を持ち帰るのを忘れて来たみたい
改めて買い直す余裕は全く無いハズだし、かといって職業柄お歳暮を頂くだけで返礼無しでは耐えられなかったと思う
年末で日が暮れるのも早い、通常なら考えられないが・・・
あちこちに仕送りで全く余裕の無い生活費から工面しての御歳暮品
結局、母親が車の往来も殆ど無くなった夜道を懐中電灯を照らして店へ行く羽目に・・・あまりに可哀そうでついて行った!
今から向かっても歩く足では数時間もかかるし、店に着く頃には既に閉まっているハズ!・・・悲しかった・・・
家を出発して、小さな道でも田舎ではメイン道路にでて10分も経たない時だったか前方からバイクが・・
直接に話を聞いて無いので、その後の事の顛末は分からない
どうも・・・
バイクの方もスグに察したみたい
知り合いの店だったので気づいて預かってくれ、その連絡をバイクの方に頼まれたので?と・・